「寂々と」
 関羽×劉備


 ひらり、はらり、と中庭に赤い葉が舞い落ちていた。
 それらをぼんやりと見つめながら、劉備は知らずにため息を吐いていた。
 それを聞きとがめられたわけではあるまいが、不意に後ろで人の気配が生まれ、劉備はぼんやりと振り仰いだ。
「ああ……」
 雲長か、と続く言葉は口の中でもごもごと、空気を震わさずに劉備の咽の奥に戻っていった。
「兄者、そのような薄着で庭先に立たれては、お風邪を召しますぞ」
「うむ……」
 大柄の弟の小言を、劉備は生返事で頷くと、また庭先へ目を戻した。
 そんな兄の様子をどう思ったのか、心配性の気がある弟は怪訝そうに尋ねてきた。
「先ほどから何を見ておられたのですか?」
「……あ、ん? 葉をな、見ていた」
「葉、ですか?」
「そうだ。いつの間にか色付いて、そして散っている」
「秋も深まりましたしね」
 劉備は相槌を打つ関羽から離れ、回廊から庭先へと下りる。
 さく、さくっと心地良い音が足元で鳴り、劉備の靴の下で音を奏でている。それが酷く物悲しく聞こえて、胸が苦しくなる。
「兄者?」
 関羽がまた声をかけた。
「私は、あまり情緒や季節の移ろいに心を奪われはしないが、なぜだろうな。この時期になると、こう……胸の奥が掻きむしられるような、落ち着かない気分になるのだ」
 未だに、確固たる足場を持たない自分に、時が急かしているような気がするのかもしれない。
 もしかしたら、自分の一生もこうして散っていくだけで終わるのでは、とそういう気にさせられるのかもしれない。
 ぐっと、胸の辺りの衣を掌で握り締めた。
 焦燥感か。
 体の奥底から突き上げられるような何かが、いつもある。
 それがこの時期になると強まるのだ。

ときはいつだ』

 と叫ぶ、身内の声がじんじんと響いてくる。
 また、劉備の口元からため息が溢れた。
 ふわり、と肩に掛かる快い重みと暖かさを感じ、また劉備は振り仰ぐこととなる。
 その途端、劉備の目に赤い葉が落ちて、その視界を塞ぐ。
 そして、なぜか唇にも暖かく柔らかいものが降り注ぎ、劉備は急いで葉を振り払った。
「雲長……?」
 そこには、振り払った赤い葉よりももっと赤い顔をした関羽がいて、所在無さげに立っていた。
「今、したか?」
 口付けを。
「はっ」
 短い返事は、是か否か。
 しかし、元より赤い顔は間違いなくさらに赤くなっていて、行為の証を見せていた。
「これも、お前か?」
 肩にかかった関羽の上衣を軽く摘み上げて聞く。劉備の薄着が気になって、自分の上衣を掛けたのだろう。
 今度は頷いた。
「『も』、か」
 意味深に劉備が繰り返すと、関羽は言葉尻を捉えられたことに気付いたらしく、俯いてしまった。
「別に責めていないぞ?」
 その仕草が、今にも怒られそうな童のように見えて、劉備はくすくす笑いながら小首を傾げた。
「ありがとう」
 恐らくは、劉備が沈んでいるのを気にしていたのだろう。
 先ほども、ずっと劉備を見ていたようなことを言っていた。
「焦っても仕方はないな」
 ときはいつか来る。
 絶対に来る。
 自分の両脇に立つ弟たちを見ていると、そう思えるのだ。
「はい、兄者の目指す世は、きっと来ます」
 心が通じたように、関羽が続いた。
 秋の、高い天が急に身近に感じられた。
 劉備はそっと口角を上げて、関羽を軽く手招いた。
「雲長、頭に葉が付いている。取ってやるから屈め」
「は、いえ。それぐらい自分で」
「いいから」
 再度の促しで、関羽はそっと身を屈めて、劉備の眼前まで頭を落とした。その頭をさっと捕らえて、劉備は関羽の唇に自分のそれを押し付けた。
「さっきのお返しだ」
 その耳元に囁いて、さらに赤くなった関羽の顔を覗き込んだ後、笑いながら駆け出した。
 さく、さく、さく。
 足元で奏でられる楽の音は、今度は楽しいものに聞こえた。

 劉備の『秋』はまだ、もう少し先の、秋の終わりのことだった。



 了





 あとがき


 突発で、ショートショート。
 水魚で春、夏、をやったので、関劉で秋、冬、か?

 言ってみるのはただ、って奴でお願いします。



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