「貴方に願う10のお題」 劉備と関羽 |
1 笑顔を見せて 「兄者」 と、自分は呼んだ。 まるで物のように打ち捨てられた屍たちを見つめ、兄はただ涙をこぼしていたから。 「雲長」 ただ子供のように泣く兄の体を胸に抱き止め、ああ、と思う。 どうか、この人が笑顔でいられる日が来るように。 自分が、その道を作れるように、と。 今、切に願う。 2 嘘はつかないで 「お辛いのなら、行かなければよいのです」 「それは出来ぬよ。私は曹操殿の客将。断れぬ」 嘘だ、嘘をつかないでくだされ。 毎日、顔を強張らせて出掛けていく貴方を見送る、自分の気持ちを。 毎夜、青ざめた顔で戻ってくる貴方を迎える、自分の憤りを。 決して貴方にぶつけたりはしないから。 せめて、その胸のうちを聞かせてください。 自分にだけは嘘をつかないでください。 強く、願った。 3 もっと頼りにして 「これ以上、雲長に頼れと?」 そう告げたら、笑われた。 「今でも充分に頼りにしているのに、どうしろと言うのだ」 嬉しい言葉をもらっているはずなのに、どうしてか。 自分の心は晴れぬまま。 知らなかった。 自分はこんなにも強欲で、この人を求めている。 「でも、その気持ちはありがたいぞ」 笑った兄の顔に、晴れなかったはずの心が陽を湛え。 さらに思う。 頼りにしてください。 貴方の全てを受け止めたいから。 この、貪欲な願い。 4 この手を拒まないで 「馬鹿なことを、と思わないでくだされ」 気付けば口から滑り落ちていた、兄を慕う言葉。 不意に、その場の空気が止まった気がした。 死ぬまで、閉じ込めて置くつもりだった。 なのに、どうしてか。 しかし宙に放たれた言葉は戻らない。 困ったように笑う兄へ。 せめて、この伸ばした手だけは。 どうか、拒まないでください。 祈るように、願った。 5 夢を聴かせて 「そうだな」 天下が平穏になったら、何をしますか、と問うた。 兄は嬉しそうに空を見上げて、ひととき考え込んだ。 自分はその横で、唇が形作る夢を待った。 「お前と、お前たち兄弟と、のんびりと畑でも耕して暮らしたいな」 どうしてだろう。 この人はいつも自分の望むものをくれる。 その願いに、感謝する。 6 前だけを見つめていて 「迷うことはありません」 自分を置いて、遠い地へ旅立とうとする兄へ、自分は笑い掛けた。 「やるべきことがある。そうではありませんか」 そうだ、と答えた声は強い意志を含んでいるのに。 自分を見つめる目は揺れていて。 こちらの意志まで揺れそうだ。 だから、どうかその目を後ろに向けないで。 前だけを見つめていてください。 迷いのない、願いのために。 7 心を偽らないで 「嘘を付いた」 そう、言われた。 出立も明日に迫った夜。 ただ淡々と言われた言葉に、自分は黙り込んだ。 「お前は平気だと言った。私も頷いた」 だが、と続く言葉はなかった。 「嘘を付いたな」 もう一度繰り返された言葉に、自分も頷いた。 心を偽るしかなかった。 それしかなかった。 それでも、どこかで思っていた。 偽らないで欲しい、と。 矛盾した、願い。 8 ずっと隣にいて 「離れていても、いつも隣にいると、そう信じております」 今は遠く離れた地にいる兄へ、一人で呟いた。 貴方が志を失わない限り、自分は貴方の隣です。 体は遠くとも、魂はいつもお傍に。 煌く星へ祈り、淡い月に思う。 どうか、志、曇らぬように。 そうすれば、この願いは果たされる。 9 そのままの貴方でいて 「囲まれている、か」 覚悟は出来た。 最後まで足掻くつもりだ。 あの誓いを果たすまでは、と思ったが。 しかし、残されたあの人を思うと、自分の胸は潰れそうだ。 きっと喚き、嘆き、怒り。 そして曇らなかった志さえも曇り、そして捨ててしまう気がした。 どうか、それだけはなさらぬように。 そのままの貴方でいてください。 しかし、それは叶わぬ願い。 10 どうか、幸せでありますように 「どうか、幸せでありますように」 最後の瞬間に思ったことは、ただあの人のこと。 どうか、せめても、幸せであるようにと。 この世の中で、それは無理な願いだとしても。 そう願わずにはいられない。 「拙者は、兄者と出会え、共に歩けたこと、間違いなく」 幸せだったのだから。 だからどうか、貴方も幸せでありますように……。 あとがき 珍しく、切ない感じになってしまいました。 カップリングとして感じ取ってもらってもいいし、ただの兄弟愛でも良いのですが。 この二人はほのぼの、が信条ではあるのですが……たまには、ね。 一応、二人の出会いから別れまでをお題にそって追ってみました。最後はやっぱり辛いですねえ……。 |
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