「ふりまかれた夢を 一体どうしろというのですか」 君に贈る7つの懇願より 張遼×曹操 |
前の主君は、寡黙だった。己の武を周りに示し、周りもそれに魅了されて従った。張遼もその一人だった。惚れ惚れする武技は同じ武人として羨望であり、目標であった。 惚れていた。 それだけに、無様に捕まり、助命を願った姿に失望した。最後まで、誇りある武人で居て欲しかった。それは張遼が曹操の臣下となり数年が経っても、しこりとして残っていた。 「呂布は、純粋、武人であったな」 ところが、今の主君である曹操はふと、そんな言葉を張遼へ投げかけた。 張遼が遠征先で見事な勝利を収め、帰還した際の祝いの席でのことだった。ほろ酔い気分の曹操が、手ずから酒を注いでくれて、恐縮しながら受けていた。 「純粋に、ただ己の武を振るいたいがために、生きたかった。あの姿勢、今思い出してもわしは好きだ」 今回の、お主の戦いぶりを見てな、呂布を思い出した、と曹操は言った。許都より遠方の地での任務が多い張遼は、戦う姿を曹操に見せることは少なかった。 「そうでしたか」 死を受け入れていた自分と違い、呂布はまだ『生』きたい、と願っていたのか。見苦しい、とただ張遼が思っただけの助命も、呂布にとってはただ己の武を求めてのことだった。 そう合点がいけば、胸に残っているしこりはするり、と吐き出された。 もういいのだ、とあのときの自分は腹を括っていた。 悲観したわけでも諦観したわけでもない。 ただあるがままを受け止めて、自らの『死』を見つめた。それだけのことだ。小さい頃から張遼の傍には死が溢れていた。病、飢餓、怪我、戦、容易く人は死ぬ。それが己に回ってきた、それだけだ。 与えられた時間『生』の中で、存分に『生』きる。 それだけだ。 だから、縄を打たれて曹操の前に引きずり出されたときも、どうやら与えられた『時間』がここまでだったようだ、と悟ったに過ぎない。それが、妙な縁を持つ二人に助けられた。 張遼の主君が安住の地を奪ったというのに、仁義を重んじる男は、自分を処刑する曹操の腕を取って制した。 気持ちの良い、真っ直ぐな武と義を持つ、友と思っていた男は、曹操の前に身を投げ出して自分の助命を嘆願してくれた。 曹操ははじめ、だいぶ戸惑っていたようだ。しかしその戸惑いは一瞬で、腕を取っていた劉備の手を払い、跪く関羽を立たせ、自分の前に歩み寄った。 『張遼、と申したか』 近くに立たれ、小柄だ、ということが分かった。幾度か戦場で姿を見かけたが、その纏う覇気ゆえか、小さい、と思ったことはなかった。今も、頭上に降る声音からして威厳に満ち、堂々たる響きが耳に届いた。 『はっ』 思わず、主君に対するような語気で返事をしていた。言われる前より顔を上げ、先ほどまで――いや、今とてそうだ――敵の大将である男を見つめた。 『なるほど』 曹操は口角を釣り上げる。嬉しそうだ。まるで童子が宝物でも見つけたかのような、そんな顔で見下ろしてくる。 『わしはな、張遼。生きようとする者が好きだ。お主は、生きたいか』 『生』きることを諦めたつもりはない。だが、『生』きたいか、と聞かれると難しい。もう終わりだと、先ほど腹を括っただけに、なお難しい。 『……』 『どうした、生きたくないのか』 曹操の笑顔が、萎んでいく。見つけた、と思った宝が、ただの石くれだった、と気づいてしまったようで、張遼は咄嗟に答えていた。 『『生』きる時間を私にまた与えてくださる、ということならば、私は『生』きたい』 『時間?』 『ときを、くだされ。ときをくださるのでしたら、私はそのときの中で精一杯『生』きたい。そう思っております』 『与えるとも』 曹操は即答した。輝くような笑顔で言う。 『張文遠、与えよう、このわしが。曹孟徳の傍で、太陽が上がり、沈み、月が昇り、下りる。それが何百回、何千回と繰り返されるときの中、生きよ』 縛られていなければ、勢い良く右の拳を左の掌へと打ち付けていただろう。 『御意に!』 笑う。 曹操殿の、我が君の与えてくれたときの中で、この張文遠、存分に『生』きたい。 そう、今思った。 「何を、思い出している」 知らずに笑っていたらしい。曹操に言われて張遼は目の前の主を置き去りにして、過去の主と向き合っていたことに気付く。 「少し、昔のことを」 「ほお。てっきり都に戻ってきたのだから、残してきた女のことでも思い出していたのか、と思っておったが」 からかわれる。 「そういう顔をしておりましたか?」 「ああ、好いた女子(おなご)を思う顔をしておった」 「そうでしたか」 にこり、と笑う。 「そうですね、心底、私はその者に惚れておりますから」 「惚気おる」 「ええ、今宵はとても良い気分ですので、十分惚気させていただきます」 「おお、おお、馳走じゃ馳走じゃ。わしはもう腹いっぱいじゃぞ」 「ははっ、それは大変申し訳ございませぬな」 「まったくじゃ。お主にそこまで想われる女子、どのような器量良しなのだ。一度逢わせろ」 「それはご勘弁を」 「なぜじゃ、もったいぶるの」 「私の、大切な人ゆえ」 「分かった分かった」 もう知らん、と笑いながら曹操は手を振って立ち上がる。どうやら次の絡む相手を見つけに行くらしい。 見送り、静かに拱手する。 ――殿、知っておりますか。 私のこれからの『生』は、殿と共にあること。 あなたが与えてくれた『とき』を生きることこそが私の『生』であること。 それはまるで、途方もない数の『生』を与えられたに等しい、ということ。 ――その、ふりまかれた夢を 一体どうしろというのですか。 与えられたあまりにも多くの『夢』に、張遼はただ微笑むばかりだ。 終 わりと書きやすかった、初書きかっぷる(未満)。 張遼は……自分の中では、そうだなあ、蜀でいうところの趙雲みたいだけども、 趙雲よりも君主よりではない、というか、 己の目指すものと主君を慕うことをちゃんと両立できているような、 徹底した武人肌、というか。 こういう人が一番難攻不落かも(笑)。 この話の中では、張遼→←曹操 かなあ。 |
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