「貪欲なキス」
微エロ10のお題 1より
郭嘉×曹操


 奉孝、と囁くように呼ばれる。伸ばされる手に逆らわず体を寄せる。体温の低い俺の体を温めるかのように、主公の体温はいつも高い、温かい、柔らかい。
 昔から凝り性で、飽き性だった。
 矛盾はしていない。
 一度嵌ると面白くて、そればかり続けて、そして飽きれば今まで執着していたのが嘘のように背中を向ける。そうやって、歩んできた。ふらふら、ふらふら、と。
 元々体も丈夫なほうではなかったし、決然とした志を掲げて立ち上がる輩や、小さい頃から鳴らした腕を頼りに、英雄たる器の人間の下で一旗上げようとする輩、優れた智慧と先見の明を持つゆえに、誰にも付かず秋(とき)を待つつもりの輩のように、乱世の荒波に漕ぎ出す気もなかった。
 ぼんやりと、何かに嵌ってひたすら続け、ある日放り投げ。またふらふらと彷徨ってまた熱中し、投げ出して。
 気付けば周りが騒がしくなってきた。
 誰それの下が良い、あちらの士が良い、いやどこそこの武勇優れたる男が良い。
 少しでも学や武に自信のある奴は声高に自分の選択肢を見せびらかしながら、俺の周りから去っていった。
 そうなると少し人恋しくなる。俺もどこか、誰かの下で働いてみるか。
 そんな気まぐれを起こしたのも、飽き性だった俺が唯一長く付き合っていた荀(ケ)文若が、曹操とかいう男に仕えた、と風の噂で耳にしたからだ。
 一瞬ばかり文若と同じ人間へ仕えてみようか、とも思ったが、それもつまらない。生来、俺はちょっと捻くれている。
 誰にしようか、近隣で名を馳せている人物の名を木片に書き連ね、一本ずつ力任せに投げてみた。一番遠くに飛んだ木片に書かれている人物を訪ねようという斬新な試みだ。
 木片に書かれた名は袁紹、だった。
 しかしこれは大失敗だった、とすぐに気付いた。
 駄目だ、このおっさん。俺のことちっとも分かってないもん。
 一目会って、言葉を交わして理解した。舌打ちして、またふらふらし始めたところへ、文若から手紙が届いた。
 曹孟徳殿に会ってみないか。
 ふらふらと、足が向かった。
 一目で惹かれた。言葉を交わしてさらに惹かれた。
 もう惚れていた。
 飽き性で、でも凝り性だった。
 大好き、大好きだよ、主公。
 策を献じながら毎日のように訴えた。
 主公は擽ったそうに俺の告白を聞き、時に笑ってありがとう、奉孝、と言い、そして、最後には俺の想いを受け止めてくれた。
「あのね、主公、知ってた? 俺って飽き性なんですよ」
「ああ、知っている」
 主公が伸ばした腕の中で言葉を交わす。この時間が一番好きだ。
「主公からもらった兵法の解釈書、もう飽きちゃった」
「三日前にあげたやつか」
 そっと髪を撫でられ、背中を擦られる。
「奉孝、お主は自分のことを飽き性というが、本当は飽き性ではない、というのは知っておるか」
 目を上げると、主公の様々な感情を宿した瞳が俺を見つめて微笑んでいた。
「解釈書、飽きたのではなく読み解いたのだろう? お主のこの頭の中に収まってしまった。だからいらなくなった。それだけだ。そうやって、お主は色々なものをこの頭に仕舞って、一人で抱えてしまう。だから飽き性に傍からは見られた」
「……お主公って、どうして俺のこと何でも分かるんですか?」
「さあ、何でだろうな。さて、奉孝。ここに仕舞ってしまったそれらを、わしに見せてくれないか」
「良いよ、それが俺の役目だもの。でもその前に……俺って凝り性でもあるんですよ」
「それも知っている」
「へへ、お主公は何でも知ってるねえ」
「奉孝のことならな」
 だってさ、主公の唇に口付けるの、全然飽きないんだ。
 どれだけ、どれだけ口付けても足りないんだ。
 これが凝り性じゃなくてなんなのさ。
 今日も、貪欲な口付けを、俺は主公に求める。





 あとがきという名の言い訳。
 郭嘉自体の人物解釈はちょこちょこ書いてきたおかげで、私の中ではこんな感じです。捨て犬系。
 拾ってくれたのは長男(荀ケ)だけど、餌くれて散歩に連れて行ってくれるのはお母さん(曹操)みたいな。
 だからお母さんが大好きな捨て犬だった郭嘉くん。
 長男ももちろん世話してくれるから好きだけど、一番好きなのはやっぱりお母さん。
 郭嘉×曹操のときはそんな立ち位置。
 え、惇?
 時々しか帰ってこないので、犬(郭嘉)の地位付けでは最下位のお父さん。
 でも、お母さんがお父さんのこと好きなので、渋々認めている(笑)。




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